手塚治虫

taishiho2006-05-17

手塚治虫は、少年の頃の私のヒーローだった。
いろんな漫画家がいっぱいいる中で手塚治虫だけは別格だった。
夢や憧れとは、私にとって全て漫画の中にあったのだ。
それは一つの世界だった。現実とは全く別の世界がそこにあったのだ。
私は今でも「鉄腕アトム」がTVで最初に放映された瞬間を覚えている。

私は小さい頃、漫画家になりたいと思っていた。
私には六才年上の兄がいて、ものごころ付いた頃にはすでに漫画だらけだった。
子ども部屋の天井近くの長い棚には端から端までギッシリと漫画雑誌が詰まっていた。
主な雑誌の名前は「少年」、「少年サンデー」、「少年マガジン」。
「少年」は光文社から出されていた月刊雑誌で、「鉄腕アトム」、「鉄人28号」を始め
当時最も人気のある漫画(だけでなく小説も)が掲載されていた。
ある時期からは「少年」が廃刊になるまで全部揃っていたので
連載ものを読み始めると止まらなくなり、結局最後まで読んでしまう。
石森正太郎の「少年同盟」、関谷ひさしの「ストップ!にいちゃん
藤子不二雄の「シルバークロス」、白土三平の「サスケ」など、あげたらきりがない。
「少年サンデー」、「少年マガジン」は創刊から揃っていた。
あの頃は、すっかり漫画に漬かっていて、漫画の漬物のようになっていた。
頭の中は、全て漫画、鉛筆を持てば漫画、TVをつければ漫画だった。
秋田書店の「マンガのかきかた」なんて本を買って本気で漫画をかこうと思っていた。
高校生になると「漫画狂人連盟」略して「漫狂連」に入って同人誌に漫画を投稿した。
きりがないので、これはまた改めて次回のブログに載せることにしよう。


※tougyouさんから手塚治虫記念館のHPを教えて頂いたのでここに貼っておきます。
http://www.city.takarazuka.hyogo.jp/tezuka/index.htm