『生きる』

taishiho2007-09-29


死の宣告を受ける時のようすは、映画館で観た時もそうでしたが(側にいた患者さんが言った事とあまりにも一緒だったので)つい笑ってしまいますが、本人にとってはこれほどショックなことはありません。もし自分のことだったらと考えてしまいました。今は癌であることを本人に伝えるケースが多いですが、どちらにしてもショックなことには変わりありません。たとえ老人でなくても孤独で哀れになる人が殆どでしょう。息子とのすれ違い、お嫁さんの冷たい態度は胸を刺される思いでしょう。映画は本当の意味でこれから「生きる」というところは映さないで、突然映画の主人公が亡くなった場面になってしまいます。そしてお葬式に集まった人たちのお喋りの中で主人公の「生きる」すがたが描かれていきます。ここがこの映画の演出の素晴らしさだと思います。役所の人たちの腹立たしい言動は続きますが、課長の本当の姿を証明してくれたのは言葉ではなく、お別れをしにきた町会のおばさんたちの涙でした。雪の中ブランコに揺られながら「ゴンドラの歌」を歌う課長は、最期に生きる事ができた幸福を噛み締めながら昇天していったに違いありません。大いに反省したかに見えた役所の人たちでしたが、翌日からは何事もなかったかのように惰性的な生きていない毎日の繰り返しがまた始まるのです。「この映画を観た私も、この役所の人たちと同じなのか?」と自分に問い掛けてしまいます。

[内容]
 癌で余命幾ばくもないと知った初老の男性が、これまでの無意味な人生を悔い、最後に市民のための小公園を建設しようと奔走する姿を描いた黒澤明監督によるヒューマンドラマの傑作。市役所の市民課長・渡辺勘治は30年間無欠勤のまじめな男。ある日、渡辺は自分が胃癌であることを知る。命が残り少ないと悟ったとき、渡辺はこれまでの事なかれ主義的生き方に疑問を抱く。そして、初めて真剣に申請書類に目を通す。そこで彼の目に留まったのが市民から出されていた下水溜まりの埋め立てと小公園建設に関する陳情書だった……。


制作年度 1952
監督 黒澤明
出演者 志村喬日守新一田中春男
脚本 黒澤明橋本忍小国英雄
撮影 中井朝一
音楽 早坂文雄