「楡家の人々」北杜夫著

taishiho2006-03-27


三島由紀夫
戦後に書かれたもっとも重要な小説の一つである。この小説の出現によって、日本文学は、真に市民的な作品をはじめて持ち、小説というものの正統性を証明するのは、その市民性に他ならないことを学んだといえる。
 これほど巨大で、しかも不健全な観念性をみごとに脱却した小説を、いままでわれわれは夢想することもできなかった。
 あらゆる行が具体的なイメージによって賢固に裏打ちされ、ユーモアに富み、追憶の中からすさまじい現実が徐々に立上がるこの小説は、終始楡一族をめぐって展開しながら、一脳病院の年代記が、ついには日本全体の時代と運命を象徴するものとなる。しかも叙述にはゆるみがなく、二千枚に垂んとする長編が、尽きざる興味を以って読みとおすことができる。
 初代院長基一郎は何という魅力のある俗物であろう。諸人物の幼年時代や、避暑地の情景には、何というみずみずしいユーモアと詩があふれていることだろう。戦争中の描写にさしはさまれる自然の崇高な美しさは何と感動的であろう。
 これは北氏の小説におけるみごとな勝利である。これこそ小説なのだ!


○これはなんとみごとな文章だろう。これ以上の誉め言葉があるだろうか。
どうせ書くなら、こういう小説を書きたいと思っていた。あまり面白いので友達に貸したら返ってこなかった。しかしどうしても、もう一度読みたくなり本屋に買いに行った。十年に一度読みたくなる小説はと聞かれたら、私は「楡家の人々」と答える。